自由意志はあるのか
リベットの実験、決定論、二階の欲求説――現代の自由意志論が辿った思考を整理しながら、責任の前提となる「意志」とは何かを問い直す。
春秋社 / 2025年1月刊
「自己責任」を超えて。
許しと約束によって紡がれる、
「弱い責任」の哲学。
私たちはみな、それぞれの人生という物語を生きている。決定論・二階の欲求説を辿り、ハンナ・アーレントの「許し」と「約束」を経由して、自己責任論を超えた「弱い責任」へ至る7章構成の本格的責任論。
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われわれは自分の人生の物語を生きている。
― 本書 内容紹介より
物語のなかで自己を解釈することで、アイデンティティは紡がれていく。
「自己責任論」が支配する社会で、私たちは責任をどう引き受け直せるか。本書が改めて立てる、責任論の問いの輪郭。
リベットの実験、決定論、二階の欲求説――現代の自由意志論が辿った思考を整理しながら、責任の前提となる「意志」とは何かを問い直す。
人格は出来事の連鎖ではなく、物語として解釈される。自己解釈とアイデンティティの関係を辿り、「物語的責任」という新しい概念を提示する。
ハンナ・アーレントの「許しの能力」「約束の能力」を、訂正可能性と歴史修正主義のせめぎ合いのなかで読み直し、互いに支え合う「弱い責任」へとつなぐ。
SNS時代の「自己責任」論を超え、「責任」を物語論と倫理学の交差点で編み直す試み。
前著『生きることは頼ること』(講談社現代新書)で著者が提示した「弱い責任」概念を、伝統的責任論の解体から積み上げ、本格的に体系化した一冊。エッセイから理論へと議論の精度が一段上がっている。
リベットの実験(神経科学)、フランクファートの二階の欲求説(心の哲学)、ハンナ・アーレントの活動論(政治哲学)、ラカトシュのリサーチ・プログラム(科学哲学)――異領域の議論を、責任という一点に向けて編み直す。
第六章は本書の核。アーレントが『人間の条件』で提示した「許しの能力」と「約束の能力」を、物語の制御不可能性/訂正可能性の議論と接続し、現代日本の倫理的状況に置き直す。
本書のカバー意匠が示すように、サン=テグジュペリ『星の王子さま』が随所で参照される。「世界にひとつだけのバラ」と物語的責任、「飼い慣らす」ことと約束――文学作品を通じて理論が肌触りを得る。
責任論の伝統と現代哲学を往復しながら、本書が立ち上げる五つの概念。
Concept 01
自由意志に基づく結果責任を「強い責任」、他者との関係性のなかで生成される応答可能性を「弱い責任」と区別する。本書の出発点であり、現代社会の自己責任論への根本的な対案。
Concept 02
責任は離散的な行為に貼り付くものではなく、自己を解釈する「物語」のなかで成立する。アイデンティティと責任の関係を、物語論の語彙で再記述する第四章の中心概念。
Concept 03
ハンナ・アーレントが『人間の条件』で論じた二つの能力を、物語の制御不可能性に直面した責任主体の倫理的装置として読み直す。第六章の核。
Concept 04
意図的行為の回顧的解釈は、過去を絶えず訂正していく。歴史修正主義との境界線をどこに引くか――「正しさの正しさ」を問う第五章。
Concept 05
ラカトシュの科学哲学「リサーチ・プログラム」を物語論に転用し、変わりうる「保護帯」と変わらない「堅い核」を区別する。自暴自棄と自己肯定感のあいだで、物語をどう守るか。第七章の鍵。
全7章+はじめに/おわりに。決定論・二階の欲求説・物語的責任・許しと約束を順に積み上げる構成。
はじめに
伝統的責任概念の構造
決定論
二階の欲求説
物語的責任
回顧と訂正可能性
許しと約束の力
物語の核
おわりに
出典: 春秋社 公式書誌情報/楽天ブックス商品ページ
サイト運営者による、一読者としての記録。書評ではなく、読後に残った感触を書き留めたもの。
224ページの薄さに油断して開いたら、第一章「伝統的責任概念の構造」がいきなり「自由意志の系譜」「責任概念の時間性」と来て、読み手の姿勢を試してくる。装丁は淡い色合いに小さな星と一輪のバラ ―― 取りつきやすい外見の奥で、本書はかなり丁寧に階段を組んで読者を上らせていく構成だった。
序盤から中盤を読み進めて最も刺さったのは、やはり「弱い責任」というキーワードだった。前著『生きることは頼ること』(講談社現代新書)で既に提示されていた語だが、本書では決定論・二階の欲求説を辿った先に、はじめて理論的に位置づけられる。「責任を引き受ける」を「結果に対する説明責任」ではなく「他者との関係のなかで物語を編み続ける姿勢」として再定義する瞬間に、自己責任論への対案が初めて立体的に見えた。
具体として一番残ったのは、第六章「許しと約束の力」のハンナ・アーレント読解だった。アーレントの「許しの能力」「約束の能力」を、第五章で扱われる訂正可能性論と接続して語り直す手つきが本書の白眉で、「『だれ』の暴露」という抽象的な小見出しが、読み終えた後に他章を振り返ると本書全体の骨格になっていることに気づいた。フランクファートやラカトシュからアーレントへ、という議論の橋のかけ方が綺麗。
いちばん残ったのは、「責任は単独で引き受けるものではない」という姿勢そのものだった。本書は終始、「自分一人で背負う責任」と「他者との関係性のなかで紡がれる責任」を分け、後者にこそ哲学の言葉を当てようとする。読了後、「自己責任」という言葉に出会うたびに、この本の重みが頭の片隅をよぎるようになった。
正直に書くと、224ページとしては読み応えがある。第二章・第三章の「決定論」「二階の欲求説」は、リベットの実験やフランクファートの自由意志論といった哲学史の前提を一気に駆け抜けるため、初学者には密度が高すぎると感じる場面があった。「弱い責任」概念だけ知りたいなら、前著『生きることは頼ること』(講談社現代新書)から入って、本書を後追いする読み順のほうが理解しやすいと思う。
「自己責任」という言葉に違和感はあるが、それをどう言語化していいか分からない人に、最も手渡したい一冊。哲学の語彙で違和感に輪郭が与えられる体験は、本書ならではのものだと思う。SNSの言葉に疲れた夜に、書棚の手の届く場所に置いておくと効く本。
― nia-project / 2026年4月 通読
「自己責任」という言葉に引っかかりを感じながら、その違和感をうまく言語化できずにいる読者へ。
東浩紀『訂正可能性の哲学』、國分功一郎『中動態の世界』、近内悠太『利他・ケア・傷の倫理学』など、現代日本の倫理学の議論を追っている読者へ。
ハンナ・アーレントの「許し」「約束」「活動」概念を、抽象論ではなく、現代的な責任論の文脈で読み直したい人へ。
戸谷洋志のこれまでの著作――『生きることは頼ること』『恋愛の哲学』『友情を哲学する』『SNSの哲学』『13歳からの概念思考』を読み、本格的な理論編に進みたい読者へ。
紙書籍・電子書籍とも主要書店で取扱中。Kindle版・楽天Kobo版は2025年4月30日より配信開始。
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本書は決定論や二階の欲求説など、専門的な議論を扱いますが、各章は前提を丁寧に積み上げる構成になっており、入門者でも順を追って読み進められます。前著『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』(講談社現代新書)から入ると、本書の議論の背景がより明確になります。
Amazon Kindle版が2025年4月30日より配信中(2,156円)です。楽天Kobo版も2025年4月30日より配信されており、2,200円で購入できます。
本書は第五章「回顧と訂正可能性」で訂正可能性論を扱っていますが、東浩紀のそれを単純に踏襲するのではなく、責任論の文脈で独自に再構成しています。両書を読み比べることで、現代日本における物語論と責任論の交差点が見えてきます。
『生きることは頼ること』(2024年)が新書として一般読者に「弱い責任」概念を提示するエッセイ的著作だったのに対し、本書『責任と物語』は単行本として、伝統的責任論の解体から始め、決定論・二階の欲求説・物語的責任・許しと約束の哲学を体系的に論じた本格的な責任論です。
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許しと約束によって紡がれる、「弱い責任」へ。
物語論と倫理学の交差点で書かれた、戸谷洋志の本格的責任論。