久保田 ―― レコード会社勤務の中年男性
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。"物語"を供給する側として、ファンの熱狂を設計・計測・利用する。同時に自分自身の家族との関係については、供給できる物語を失いつつある。
朝井リョウ · 15周年記念作 · 2025/9刊
『何者』『正欲』の朝井リョウが、"神なき国"の信仰の代替としてのファンダム経済を、仕掛ける側・のめり込む側・抜け出せなくなった側の3視点で解体する群像長編。
アイドル運営の中年男性。内向的な大学生の娘。推し活の果てに陰謀論に辿り着いた35歳。ページを閉じた瞬間に読者は気づく ―― この小説が描いているのは、アイドル論でも推し活論でもなく、「今、私たちはなぜ何かを信じずにいられないのか」という、もっと根深い問いだ。
ハードカバー 448ページ / Kindle・楽天Kobo 対応 / ISBN 978-4296121045
2023年4月から2024年6月まで日本経済新聞夕刊に連載され、2025年9月に単行本化。新聞連載小説として史上初の本屋大賞受賞作となった、朝井リョウのデビュー15周年記念作。
朝井リョウの作品は、『桐島、部活やめるってよ』から一貫して「自分がどの多数派/少数派に属すかわからなくなった時代の居場所」を書いてきた。本作はその系譜のなかでも、一段踏み込んだ一冊だ。なにに踏み込んだかといえば、「属する理由そのもの」の部分にだ。
舞台は特定のアイドルグループとそのファンダムで、世代も職業も違う3人の視点で交互に進む。ページ数は448ページ、章の切れ目で3人の視点が入れ替わる構成で、誰のセリフで読者の視野が狭まり、誰のセリフでほどけるのか ―― その配置が精密に設計されている。
神がいないこの国で人を操るには、
"物語"を使うのが一番いいんですよ。 ― 本書 帯コピーより
この帯コピーが、本作全体の射程を最短で要約している。つまり本書は「推し活/ファンダムの話」ではなく、"物語"の話なのだ。そして「物語」とは、ここではエンタメ作品の話ではなく、人が生きていくためにすがりたくなる信念の骨格そのものを指す。読後の余韻が長く残るのは、この視点の切り替えが読者自身の日常の上でも起きてしまうからだ。
"メガチャーチ" とは、礼拝出席2000人超の巨大キリスト教会を指す英語。本作はこれを比喩として、現代のファンダム/推し活コミュニティに重ねる。
『推し』を『キリスト』に、『運営』を『牧師/司祭』に、『ライブ』を『礼拝』に、『グッズ購入』を『献金』に、『布教』を『布教』に ―― 置き換えると、構造が驚くほど重なる。日本のキリスト新聞社の書評(2025/10)もこの重なりを指摘している。
朝井リョウが焦点を当てているのは、神が不在の日本で、人々はその代わりに何を信じているのかという問いだ。答えは、本作が示すとおり「物語」である。アイドルの物語、推しと自分の物語、コミュニティの物語、そして「この推し活に意味がある」と思わせてくれる巨大な物語 ―― これらがセットで「メガチャーチ」を構成する。
物語は人を救い、同時に人を閉じ込める。熱狂は行動力を生み、同時に視野を狭める。日経BOOKプラスのインタビュー(2025/9)で朝井は「今作には"視野"というキーワードがたくさん出てくる」と語っている。登場人物たちが何を見て、何を見ないようにしてきたかが、3視点の交差から浮かび上がる構造になっている。
日経BP版ハードカバーの装丁は、タイトルどおり教会のステンドグラスを思わせるデザインで、表紙には箔押し、扉ページと花布は金色で仕上げられている。紙で所有する体験そのものが、本作の「信仰空間」のメタファーになっている。電子版では体験できないこの物質性は、紙版を選ぶ強い理由のひとつだ。
群像劇の軸は3人。世代も職業も価値観も異なる彼らが、同じ"メガチャーチ"を別々の角度から見ている。
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。"物語"を供給する側として、ファンの熱狂を設計・計測・利用する。同時に自分自身の家族との関係については、供給できる物語を失いつつある。
大学での居場所が見つからず、内向的で繊細な気質ゆえに心労を積み重ねる。推し活は彼女にとって、生きづらさを逃避する場であり、同時に自分を肯定してくれる唯一の物語だ。父が供給する側にいることを、彼女は知らない。
仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する。推し活の果てに陰謀論・カルトに傾倒していく道筋を、朝井リョウは責めるでも救うでもない筆致で辿る。最も胸が苦しくなる視点で、読者自身の視野を問う章でもある。
3人は互いに名前を知らない場面がほとんどで、直接会話することもほぼない。しかし同じ"物語"の異なる層を共有しているという構造が、章を重ねるごとに明らかになっていく。誰に共感するのか、誰の視野に首を傾げるのか ―― 読者の位置取りそのものが、読書体験の核になる。
2025年9月刊行から半年あまりで、主要な書店員・読者投票型の賞を3冠。朝井リョウ作品として過去最大の話題性を獲得している。
本屋大賞の受賞は2026年4月9日、東京都港区で開催された第23回授賞式で発表。新聞連載小説の受賞は本屋大賞史上初となり、その意味でも歴史的な受賞となった。ノミネート段階から各メディア・SNSで大きな話題となっていた作品が、書店員の "最も売りたい本" として頂点に立った形だ。
朝井リョウは刊行に際して「この15年間、私は"小説を描く"という境界に通い続けていたんだと思います。あなたは今どこにいますか」というメッセージを寄せている。デビュー15周年を締めくくる一冊であり、同時に次の15年の起点でもある ―― そう読むべき作品だ。
サイト運営者が一読者として読んだ、通読直後の記録です。物語の核心には触れず、読後に残った手触りだけを書き留めています。書評ではなく、ひとりの読者の体感です。
日経BP版のハードカバーを開く前に、ステンドグラス装丁と金箔の扉ページに目が止まる。装丁が作品テーマと連動しているのは前提として知っていたが、ページをめくる前から「これは"教会"のメタファーで読み解け」という指示を、物体として受け取る感覚があった。新聞連載小説とは思えない、固まりとしての小説の物質性が、最初の手触りとして残った。
中盤、隅川絢子の章で「視野」というキーワードが何度も反復される。アイドル運営の久保田・大学生の澄香・カルトに辿り着く絢子という3視点の群像劇のなかで、「視野が狭くなる/広がる」という運動が、章をまたいで物語のリズムそのものを作っていることに気づいた瞬間、本書が"推し活小説"ではなく"信仰の代替の小説"だと初めて腑に落ちた。日経BOOKプラスのインタビューで朝井が語っていた「"視野"というキーワードがたくさん出てくる」という言葉が、ここで効いてくる。
具体として最も胸に残ったのは、隅川絢子の章だった。「推し活の果てに陰謀論・カルトに傾倒していく」道筋を、朝井リョウは責めるでも救うでもない筆致で辿る、と紹介で書かれていたが、実際に読むと文字通り、糾弾の声が一つも入らない。糾弾が入らないからこそ、絢子の視点で読み進めていた自分が、どの場面で同調し、どこで距離を取り直したかが、読後にひりつきとして残った。
いちばん残ったのは、「神がいないこの国で、人はなにを信じずにいられないのか」という問いの重さだった。アイドル論でも推し活批判でもなく、「物語そのものへの依存」が、いま私たちの足元でどう機能しているかを、3つの位置から照らし出した小説。ページを閉じてからのほうが、本書は長く効いてくる。
正直に書くと、448ページは小説としては明確に長い。3視点が交互に進むため、章の節目で誰の視野に戻ってきたかを思い出す作業が、序盤は何度か発生する。慣れるまでに50〜80ページを要するので、「本屋大賞だから読んでみる」という入り方より、「朝井リョウの『正欲』『何者』を読んだ余韻が残っている」という入り方のほうが、圧倒的に走り出しやすいと思う。
SNSの推しアカウントを長く運用してきた人、何かのコミュニティに深く入り込んだ経験のある人、その熱が冷めたあとの空白を覚えている人に、最も手渡したい一冊。本書は推しを否定もせず称賛もせず、ただ「あれは何だったのか」を、複数の角度から問い直してくれる。書評ではなく、自分の数年を一緒に振り返らせてくれる小説として、書棚に残しておきたい本。
― nia-project / 2026年4月 通読
ハードカバー・Kindle・楽天ブックス・楽天Koboの4つを、価格・形式・配送・特典の4軸で並べました。価格帯は調査時点の目安です。実際の販売価格・在庫は各販売ページでご確認ください。
| 購入先 | 価格帯(税込) | 形式 | 配送・入手 | 特典・向いている読者 | 購入ページ |
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| Amazon.co.jp ハードカバー | 2,200円前後 | 紙・日本語(448p) | Prime で翌日〜数日 | ステンドグラス装丁を紙で楽しみたい派向け | Amazon で見る → |
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朝井リョウのデビュー15周年記念作で、2023年4月〜2024年6月に日本経済新聞夕刊で連載された新聞連載小説です。レコード会社勤務の中年男性・その内向的な大学生の娘・推し活の果てにカルトに傾倒する35歳非正規雇用女性 ―― 世代も立場も異なる3人の視点から、ファンダム経済を仕掛ける側/のめり込む側/かつてのめり込んでいた側を描く群像劇です。2026年本屋大賞受賞。
本来は礼拝出席2000人超の巨大キリスト教会を指す英語ですが、本作では比喩として現代のファンダム/推し活コミュニティに重ねています。「推し」を「キリスト」に、運営を「牧師」に置き換えれば構造が重なる ―― という視点で、『神のいない国の信仰の代替形態』としてのアイドル運営・SNS界隈・カルト化する界隈を描きます。
楽しめます。本作は単体で完結する群像劇で、登場人物・舞台・問題設定はすべて本作内で提示されます。『何者』『正欲』を読んでいれば、SNS・多数派/少数派・倫理の揺らぎという朝井作品に通底するテーマがここでも更新されていると分かりますが、未読でも問題ありません。
本作は装丁(ステンドグラス風の表紙+金色の箔押し・扉ページ)が作品テーマと連動した設計になっているため、紙で手元に置きたい読者が多い作品です。一方で448ページ・3視点の構成なのでハイライト/検索しながら読み返したい人には電子版が強い選択になります。編集部としては「初読は紙→2読目は電子で横断検索」の併読を推奨します。
推し活/ファンダム系の論考としては 横道誠 監修のカルト/信仰関連書、ファンダム経済論としては Henry Jenkins 系参考文献が相性が良いです。朝井リョウ作品内で言えば、『正欲』(多数派/少数派の倫理)と『何者』(SNSと自己像)を併読すると、本作の射程がより立体的に見えてきます。
仕掛ける側? のめり込む側? 抜け出せなくなった側?
本書は読者自身の席を問い返してくる一冊です。
ハードカバー 448ページ / 2026年本屋大賞受賞