語ることは、平和を遠ざけるのか
SNSと報道が戦争を語れば語るほど、世界はむしろ荒れる。この直観を、著者は「考えないこと」という逆説から解きほぐす。
ゲンロン叢書 019
ぼくたちは政治について語りすぎている。
そのせいで平和から遠ざかっている。
ウクライナ、旧ユーゴスラヴィア、チェルノブイリ、ベトナム、そしてアメリカ――戦争の記憶を旅しながら思考する、500頁の哲学紀行文集。『訂正可能性の哲学』の著者による、「考えないこと」からの平和論。
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「考えないこと」からの平和論。
― 本書より
ひとは政治の時代をいかに抜け出せるか。
解答ではない。語り直すべき問いの輪郭を、哲学と紀行のあいだで描きなおす。
SNSと報道が戦争を語れば語るほど、世界はむしろ荒れる。この直観を、著者は「考えないこと」という逆説から解きほぐす。
アーレントが「悪の凡庸さ」と呼んだものを、収容所・団地・原発事故・中動態という現代の語彙で読み替える。
旧ユーゴスラヴィア、チェルノブイリ、ウクライナ――戦争の記憶が刻まれた土地を歩き、土地の側から哲学を書き直す試み。
速報性でも処方箋でもない。長く読み続けるための、思考の足場を組み直す本である。
観光客の倫理、訂正可能性の論理を経て、著者はついに「戦争と平和」を正面から論じる長編単著に到達した。三部作の外側に広がる、次の思考領域がここにある。
批評家の大澤聡は本書を「批評と哲学と紀行文、そして物語を融合したジャンルレスで、おそろしくリーダブルな、思考不可能なものを思考するまったく新しい日本語文体の誕生」と評した(群像2026年3月号)。500頁を通読させる語りの力が、本書最大の体験である。
悪はしばしば深遠な思想としてではなく、単なる愚かさとして現れる。その愚かさは収容所、団地、原発事故、そしてウクライナへと連なる。アーレント的モチーフを、現代の具体的な地政学と記憶に接続しなおす。
チェルノブイリ、旧ユーゴスラヴィア、ブチャ、広島――抽象的な「平和」ではなく、具体的な土地と固有名の積み重ねから、記憶と政治のあいだを思考する。
全3部8章。はじめに/おわりに/初出一覧/文献一覧を含む、500頁の構成。
はじめに
平和について、あるいは考えないことの問題
悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題
悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶
ウクライナと新しい戦時下
顔と虐殺
声と戦争
博物館の力
哲学とはなにか、あるいは客的ー裏方的二重体について
おわりに/初出一覧/文献一覧
出典: ゲンロンショップ商品ページ/版元ドットコム
2026-01-23
読売新聞「本よみうり堂」/鵜飼哲夫
2026-01-24
毎日新聞「今週の本棚」/内田麻理香
2026-01-29
毎日新聞夕刊「文芸時評」/大澤聡
2026-01-30
リアルサウンド/梶谷懐
2026-01-30
Wedge 2026年3月号/與那覇潤
2026-02-06
群像 2026年3月号/福尾匠
2026-02-16
共同通信配信(全国地方紙)/伊藤潤一郎
2026-02-16
みすず書房『読書アンケート2025』/亀山郁夫 選書
2026-02-27
週刊金曜日 1558号/高原到
2026-03-17
小説トリッパー 2026年春号/町屋良平
批評と哲学と紀行文、そして物語を融合したジャンルレスで、おそろしくリーダブルな、思考不可能なものを思考するまったく新しい日本語文体の誕生を率直に喜びたい。
―― 大澤聡(批評家)/群像 2026年3月号
多層的な体裁が堪能できる哲学書。
―― 内田麻理香(東京大学特任准教授)/毎日新聞「今週の本棚」2026-01-24
サイト運営者による、一読者としての記録。書評ではなく、読後に残った感触を書き留めたもの。
500ページという分量に身構えながら手に取ったが、旅の記述から入る第1部で、思ったよりも自然に引き込まれた。哲学書を読んでいるというより、著者と一緒に旧ユーゴスラヴィアの街や、チェルノブイリ周辺の土地を、少し距離を置いて歩いているような感覚がある。「語る」前に「歩く」を置く、その順序の選び方が、本書全体の呼吸を決めているように思えた。
とりわけ残ったのは、「悪の愚かさ」という言い換えだった。アーレントの「悪の凡庸さ」を、深遠な哲学用語としてではなく、団地や収容所、原発事故の現場といった、生活と地続きの場所から語り直していく。そのせいで、戦争や虐殺が「特別に恐ろしい出来事」ではなく、普段の生活からそれほど遠くないところで起こっているものとして立ち現れる。読み終えてからも数日、ニュース映像を見る視線の角度が少しだけ変わっていた。
第2部「ウクライナのまわりで」は、体感として最も負荷が高い章だった。チェルノブイリの描写は感傷を丁寧に排していて、その抑制がむしろ重く効いてくる。ニュースで何度も見たはずの土地が、紀行文として差し出されたとたん、急に固有名をまとい始める――この、「抽象から具体へ戻す」手つきが、本書の文体が持っているいちばんの力だと感じた。
いちばん残ったのは、「政治について語ることから、一度、降りてみる」という姿勢そのものだった。意見を持つことが善で、持たないことが悪だと思い込んでいたこちらを、本書は声を荒らげずに、しかし正確に疑わせてくる。
正直に書いておくと、500ページは長い。一気に読み通す本ではなく、章ごとに一度閉じて、何日か置いてからまた開く、という読み方のほうがこの本には合っていた。第3部「断章」に至るころには、読者側の思考の速度が本書に引きずられて、少しだけ遅くなっている。その遅さは、たぶんこの本が差し出したかったもののひとつだと思う。
政治に疲れているわけではないが、政治の語りからだけは少し距離を置きたい――そういう人にいちばん手渡したい一冊だった。速く消費される言葉の対極にある本で、しばらく書棚の手が届く場所に残しておきたい。
― nia-project / 2026年4月 通読
『観光客の哲学』『訂正可能性の哲学』を読み、東浩紀の次の思考を追いたい読者へ。
ウクライナ戦争以降、「政治について語る声」の過剰に疲れを感じているすべての人へ。
アーレント、中動態、歴史修正主義、戦争の記憶といったテーマを、抽象論ではなく具体的な土地と固有名から考え直したい人へ。
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単独で読めるよう書かれた長編です。はじめに/おわりにと第1部で本書固有の枠組みが提示され、旅の語りから入るため、著者の初読にも開かれています。ただし前著を読んでいると「訂正可能性」「観光客」といった概念装置の連続性がより鮮明に見えます。
Amazon Kindle版が2025年12月15日より配信中です。BookLive等の電子書店でも取扱があります。楽天Kobo版は2026年4月時点で配信確認ができておりません。
本書は哲学書でありながら、旧ユーゴスラヴィアやチェルノブイリへの紀行文という体裁をとっており、批評家の大澤聡は「おそろしくリーダブル」と評しています。学術論文ではなく、思考の旅として読み進められる文体です。
全3部8章構成で、各章は独立したエッセイとして読むこともできますが、第1部で提示される「考えないこと」の枠組みが第2部・第3部で反復・展開されるため、順序どおりに読むことをおすすめします。
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