PHILOSOPHY / 講談社現代新書 2595 / 2020

はじめてのスピノザ 自由へのエチカ An Introduction to Spinoza — Ethics for Freedom

國分 功一郎こくぶん・こういちろう/哲学者・東京大学

私たちはまだ、
「自由」を知らない。 ― 講談社現代新書 表紙より

スピノザは「能動と受動」「コナトゥス」「神即自然」を語り直すことで、「自由」を私たちが思っているのとは全く別の場所に立て直した哲学者である。その『エチカ』を、新書サイズ・184ページで一気に読み解く入門書 ── NHK『100分de名著』(2018)に新章を加えた増補改訂版。「次々と覆される常識の先に、ありえたかもしれないもうひとつの世界が浮かび上がる。気鋭の哲学者による、心揺さぶる倫理学入門」(本書帯)。

講談社現代新書 2595/184ページ 2020年11月18日 刊行 968円(税込) NHK『100分de名著』増補改訂版

國分功一郎『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』(講談社現代新書 2595・2020年) 書影

自由になる。それは、
より能動的になっていくことである。

― 國分功一郎『はじめてのスピノザ』本書を貫く一文

本書が手渡してくれる、三つの問い

スピノザは17世紀オランダの哲学者であり、近代哲学のなかでも飛び抜けて「読むのが難しい」と言われる『エチカ』の著者だ。だが本書は、その『エチカ』の核を、現代の日本語で184ページに圧縮してみせる。読み終えると、自由・神・自分・倫理についての見取り図が、入る前とは別物になっている。

「自由」とは、好き勝手に振る舞えることなのか

近代以降、「自由」はしばしば「外からの強制を受けないこと」「選択肢を持っていること」と等価に語られてきた。スピノザはこれを否定する。彼にとって自由とは、自分の本性 ── 自分を自分たらしめている力 ── にしたがって、より能動的に行為していくことだ。本書はこの「能動的な自由」へと、ゆっくりと読者を連れていく。

「神」と「自然」は、どうして同じものなのか

スピノザの最大の鍵概念のひとつ、「神即自然」(Deus sive Natura)。スピノザにとって、神は世界の外側にいて世界を造った超越者ではない。神とは世界それ自体、つまり自然そのものである。本書はこのテーゼがなぜ「すべての常識を覆す」のかを、現代の言葉で丁寧に解きほぐす。

「善悪」は、どこにあるのか

スピノザは『エチカ』のなかで「善悪は事物そのものに備わっていない」と語る。あるものが私たちにとって善いか悪いかは、そのものが私たちの力をどう増やすか・減らすかによって決まる。善悪を絶対の物差しから引き剥がし、力の増減として捉え直す ── このスピノザ倫理学の核を、本書は具体例とともに開いてくれる。


なぜ、いま『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』なのか

本書はスピノザを「読み直す」ための新書ではなく、スピノザを「これから読む」ための新書である。スピノザ研究の専門家でもある國分功一郎が、書き下ろし新書サイズで書いたという事実そのものに、本書の意味がある。

NHK『100分de名著』スピノザ『エチカ』回(2018)の増補改訂版

本書の母体は、2018年12月に放送されたNHK Eテレ『100分de名著』の「スピノザ『エチカ』」全4回(指南役・國分功一郎)である。その番組テキストを大幅に書き直し、新章を加えて講談社現代新書として刊行されたのが本書だ。表紙にも「NHK『100分de名著』に新章を加えた増補改訂版」と明記されている。テレビ番組という制約のなかで構築された講義の構造の良さを、書籍として再構成している。

スピノザ研究者・國分功一郎による、最も短い「スピノザ入門」

國分功一郎は、博士論文を母体とする本格的研究書『スピノザの方法』(みすず書房・2011)を出している、現代日本のスピノザ研究の第一人者の一人である。その著者が、専門研究の蓄積をすべて踏まえたうえで「もっとも読みやすいスピノザ」を新書として書き下ろしたのが本書。184ページに圧縮されているが、研究の裏打ちがあるため、入門書にありがちな「薄さ」「不正確さ」がない。

「能動と受動」「コナトゥス」「神即自然」を、現代の日本語で語り直す

『エチカ』本体は、定義・公理・定理・証明…という幾何学的様式で書かれており、まったくの初学者にはとっつきにくい。本書はその様式を直接なぞらず、現代の読者がいちばん引っかかりやすい論点から入る。「能動と受動の区別」「コナトゥス(自分を自分として保とうとする力)」「神即自然」「善悪の彼岸」 ── これらの主要概念を、章を追うごとに無理なく重ねていく構成になっている。

『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』を読んできた読者にも、もう一度効く

すでに國分の代表作『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』を読んできた読者にとっても、本書は単なる復習にならない。國分の他著の背後にずっと流れていた「スピノザ的な思考」が、本書では正面から扱われる。中動態論の前提として、退屈論の倫理的支柱として、國分哲学を立体的に理解するためのキーストーンに、本書は置かれている。


本書を読むための、スピノザ哲学の主要概念

本書を読み解く鍵は、いずれも『エチカ』に由来する概念群である。あらかじめ輪郭を掴んでおくと、読書中の理解の「効き」が大きく変わる。

Concept 01

能動と受動 (Activity / Passivity)

スピノザにとって、感情や行為は「自分の本性から出てきている」(能動)か、「外からの作用に押されている」(受動)かで区別される。本書は「自由になる、とはより能動的になっていくこと」として、この区別を倫理の中心に据える。

Concept 02

コナトゥス (Conatus)

あらゆるものが、自分を自分として保とうとする力。スピノザはすべての個体に固有のコナトゥスがあると考える。「あなたの自由とは、あなた自身のコナトゥスをより能動的に発揮していくこと」── このスピノザ倫理学の核を、本書は丁寧にひらく。

Concept 03

神即自然 (Deus sive Natura)

『エチカ』第1部の核となるテーゼ。神とは世界の外側にいる超越者ではなく、世界=自然そのもの。スピノザはこの一手で、超越的な神に依拠した中世以来の世界観をひっくり返した ── 本書はその革命の意味を現代語で再話する。

Concept 04

善悪の彼岸 / 力の増減

スピノザは、善悪を「事物に最初から付いている性質」として扱わない。あるものが私たちにとって善いか悪いかは、それが私たちの活動する力(コナトゥス)を増やすか、減らすかで決まる。固定的な道徳から、力の増減としての倫理へ ── ニーチェ「善悪の彼岸」の遠い源流でもある。

Concept 05

感情の幾何学 / 観念の関係

『エチカ』第3部は感情論である。スピノザは「喜び」「悲しみ」「欲望」を三つの基本感情として置き、そこから複合感情を幾何学的に導出していく。本書はこの「感情を構造として読む」視点を、現代の自己理解にどう活かせるかを示してくれる。

Concept 06

スピノザと中動態 / 暇と退屈の倫理学

國分の他著『中動態の世界』は、能動でも受動でもない第三の態を扱う。『暇と退屈の倫理学』は、何かに没頭するときの主体のあり方を問う。本書のスピノザ的な能動/受動の議論は、これらの背後でずっと働いていた基底であり、本書はその基底を正面から取り出した一冊である。


構成 ─ 5章+増補改訂版の新章

本書は『100分de名著』(2018)4回分の構成を踏襲しつつ、書籍として再構成された全5章+新章で構成されている(構成は講談社公式書誌情報・本書目次に基づく要約)。

第1章

「神即自然」 ── 神は世界の外にはいない『エチカ』第1部の中核テーゼ。スピノザは神を超越的な造物主から世界=自然そのものに置き直すことで、近代哲学の出発点に立つ。

第2章

「コナトゥス」 ── 自分を自分として保とうとする力あらゆる個体に固有の力。スピノザにとっての「自分の本性」とは何か、なぜそれが倫理の中心に置かれるのかが解きほぐされる。

第3章

能動と受動 ── 自由とはより能動的になることだ『エチカ』第3部の感情論を背景に、自由の概念を「外的強制からの解放」ではなく「能動性の度合い」として再定義する章。

第4章

善悪の彼岸 ── 善悪は事物に備わっていない力の増減としての善悪。固定的な道徳ではなく、「私たちの活動する力をどう変えるか」という尺度で世界を読み直すスピノザ倫理学の核。

第5章+新章

自由へのエチカ ── 私たちはまだ「自由」を知らない増補改訂版で書き加えられた章を含む、本書の到達点。スピノザ的「自由」の輪郭を、現代の生の現場へ降ろし直す。


読んでみた感想

サイト運営者による、一読者としての記録。書評ではなく、読後に残った感触を書き留めたもの。

講談社現代新書 2595番、184ページ・税込968円。表紙は白地に明朝の太い書名、その下にコーラルピンクの正方形が抜かれていて、紫がかった青のインクで「私たちはまだ、『自由』を知らない。」と刷られている。右下には金色のシールマークで「NHK『100分de名著』に新章を加えた増補改訂版」。装丁の引き算が、最初のページをめくる前にもうひとつのテーゼを宣言していた ── これは『エチカ』の解説本ではなく、「自由を取り戻すための地図」なのだと。

もっとも刺さった概念は、やはり「能動と受動」だった。國分は、自由を「やりたいことが好き勝手にできる状態」とは決して言わない。スピノザに従って、自由とはより能動的になっていくことだ、と繰り返す。能動とは、自分の本性 ── 自分を自分として保とうとするコナトゥス ── に従って行為できていることであり、その逆が受動。これだけで、日々の小さな選択の質感が変わってくる。「決断した」と思っていた多くのことが、実は誰かの欲望や時代の圧力に対する受動だったかもしれないと、読みながら何度も言葉を失った。

具体として一番残ったのは、第1章の「神即自然」をめぐる説明だった。スピノザにとって神は世界の外にいる超越者ではなく、世界=自然そのものだ ── という有名なテーゼ。國分はこれを、神学論争として扱うのではなく、「世界の外側に絶対の物差しを置こうとする思考」全般の解体として読み解く。善悪の物差し、正解の物差し、自由の物差しを、世界の外側にあるかのように扱う私たちの癖を、スピノザは17世紀の段階で見抜いていた ── という整理の仕方に、ふっと膝を打つ瞬間があった。

本書の凄さは、スピノザの専門用語を一度も振り回さないところにある。コナトゥスは「自分を保とうとする力」、神即自然は「世界の外側に物差しを置かない見方」、善悪の彼岸は「力の増減としての倫理」── 言葉を平易に置き直しても、スピノザ哲学の鋭さがほとんど目減りしない。これは「やさしく書いた」のではなく、「核を見つけてから書いた」入門書である。

正直に書くと、184ページという分量に対して扱う概念の射程は相当に広い。能動/受動・コナトゥス・神即自然・善悪・自由 ── このすべてを一冊で渡してくる本なので、章によっては一度読んだだけでは取りこぼす。岩波文庫の『エチカ』を横に開きながら拾い直すか、國分の他著(『スピノザの方法』『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』)を読んだあとに本書に戻ると、行間の意味の密度が一段上がる ── そういう種類の本だ。「一気に読み終わる」よりも、「何度か往復することを前提にした」読書になる。

「自由」「責任」「決断」「自分らしさ」── これらの単語を仕事や生活のなかで使い疲れている人にこそ手渡したい一冊。あるいは、ニーチェ・ドゥルーズ・ガタリ・千葉雅也など現代思想を読んできた人が、その源流のひとつにあるスピノザに最短距離でアクセスしたいときの入口として。新書サイズで持ち運べるが、本棚から取り出して何度も開く類の本になっていく。即効薬ではなく、思考のOSを書き換える種類の書物だった。

― nia-project / 2026年4月 通読


著者・國分 功一郎 プロフィール写真(出典: 新潮社「考える人」公式サイト)

著者 國分 功一郎

こくぶん・こういちろう

1974年千葉県生まれ。哲学者。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授(本書刊行時は同大学院 准教授)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。専門は哲学・現代思想で、スピノザ、ドゥルーズ、ハイデガーなど大陸哲学を主軸に研究を行う(出典: 講談社公式書誌情報/本書著者プロフィール)。

主著に、博士論文を母体とするスピノザ研究書『スピノザの方法』(みすず書房/2011)、『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社/第2回紀伊國屋じんぶん大賞・新潮文庫増補新版2022)、『中動態の世界 ─ 意志と責任の考古学』(医学書院/第16回小林秀雄賞)、『来るべき民主主義』『近代政治哲学』『原子力時代における哲学』『目的への抵抗』など多数。

NHK『100分de名著』では、2018年12月にスピノザ『エチカ』回の指南役を務め、本書はそのテキストを増補改訂したものにあたる。2024年にはメルロ=ポンティ『知覚の現象学』回の指南役も担当しており、専門研究と一般読者をつなぐ書き手として継続的に活躍している。

スピノザ研究を出発点とする國分哲学にとって、本書『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』は研究の核そのものを新書サイズで提示した一冊である。『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』を読んできた読者にとっても、その背後で流れていた基底音をまとめて聴き直す機会になる、國分功一郎を読む上での要石(キーストーン)的著作。


こんな方に読んでほしい

「スピノザの『エチカ』に挑戦したことがあるが、幾何学的様式に挫折した」「いつかは岩波文庫の『エチカ』を読みたいが、まずは見取り図がほしい」── そんな読者へ。本書はスピノザ哲学への、いちばん背の低い入り口です。

「自由」「責任」「決断」「自分らしさ」といった現代の人事・キャリア・自己啓発の語彙に少し疲れている人へ。スピノザの「能動と受動」「コナトゥス」は、そうした語の前提そのものを揺さぶり直す道具になります。

國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』をすでに読んできた読者へ。本書は、それらの代表作の背後でずっと流れていた「スピノザ的な思考」を正面から取り出した一冊で、國分哲学の基底を聴き直す体験になります。

千葉雅也『現代思想入門』、ドゥルーズ&ガタリ、ニーチェ「善悪の彼岸」の系譜に関心がある読者へ。これらの源流のひとつであるスピノザに、最短距離(184ページ・新書1冊)でアクセスできる便利な一冊です。


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講談社現代新書 2595(2020年11月18日刊行)。新書判184ページ・税込968円。Kindle版・楽天Kobo版も配信中。

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本書は講談社『講談社現代新書 2595』として2020年11月18日に刊行されました。新書判184ページ・税込968円。NHK Eテレ『100分de名著』(2018年12月放送・スピノザ『エチカ』指南役 國分功一郎)テキストに新章を加えた増補改訂版にあたります。Kindle版(ASIN: B08MZMY9H1)・楽天Kobo版もそれぞれ配信中。価格・在庫・配信状況は変動する場合がありますので、最終価格は各販売ページでご確認ください。


よくある質問

本書はどんな本ですか?スピノザの専門書ですか?

専門書ではなく、講談社現代新書の入門書(184ページ)です。NHK Eテレ『100分de名著』の「スピノザ『エチカ』」回(2018年12月放送・指南役 國分功一郎)のテキストをベースに、新章を加えた増補改訂版にあたります。スピノザ哲学の核となる「能動と受動」「コナトゥス」「神即自然」「自由」「善悪の彼岸」といったテーマを、専門用語を最小限に抑えた現代の日本語で解説。哲学・思想の予備知識がなくても通読できる、スピノザ入門の定番書です。

NHK『100分de名著』のテキストとの違いは何ですか?

本書は『100分de名著』(2018年12月号・スピノザ『エチカ』指南役)のテキストに、新章を加えた「増補改訂版」として講談社現代新書から刊行されています。表紙にも「NHK『100分de名著』に新章を加えた増補改訂版」と明記されています。テレビテキスト版は番組構成に沿った4回分の構成でしたが、本書はそれを書籍として再構成し、講義の続きにあたる書き下ろしを追加することで、一冊で完結する入門書として読めるようになっています。

スピノザ『エチカ』の予備知識がなくても読めますか?

はい、本書はまさにそのために書かれています。タイトルが示すとおり「はじめてのスピノザ」を意図した入門書で、『エチカ』そのものを通読していなくても理解できる構成です。國分氏は『エチカ』の幾何学的論述スタイル(定義・公理・定理…)を直接なぞるのではなく、「能動と受動」「コナトゥス」「神即自然」など現代人が引っかかりやすい論点から入り、スピノザ的に世界を見るとはどういうことかを丁寧に再話していきます。読了後に岩波文庫の『エチカ』本体に進むと、見え方が大きく変わる ── という橋渡しの一冊です。

Kindle版・楽天Kobo版はありますか?

はい、両方とも配信されています。Amazon Kindle版(ASIN: B08MZMY9H1・税込913円・参考価格)、楽天Kobo版がそれぞれ販売中で、本ページのCTAから直接アクセスできます。紙書籍は講談社現代新書 2595の新書判184ページ・税込968円。すぐ読み始めたい場合はKindle・Kobo版が便利で、紙の手触りで線を引きながら読みたい場合は新書版が適しています。

著者・國分功一郎さんの他の本も読むなら、どれから読めばよいですか?

本書を入口に、目的別に進めるのがおすすめです。スピノザの研究書として深く読みたい方は『スピノザの方法』(みすず書房・2011)へ、「退屈」と「気晴らし」の構造を哲学的に追いたい方は代表作『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社/第2回紀伊國屋じんぶん大賞)へ、能動でも受動でもない「中動態」をテーマにした思想史的著作なら『中動態の世界 ─ 意志と責任の考古学』(医学書院/第16回小林秀雄賞)へ進むと、本書で得た見取り図がより立体的になります。新書サイズで読みやすい関連作としては『暇と退屈の倫理学』新潮文庫増補新版・2022も入手しやすい一冊です。

私たちはまだ、「自由」を知らない。

気鋭の哲学者・國分功一郎が、NHK『100分de名著』スピノザ『エチカ』回(2018)に新章を加えた、184ページの増補改訂版。
能動と受動・コナトゥス・神即自然 ── 自由を語り直すための、最短のスピノザ入門。